「練習のほうはイマイチです」と言って彼は首を振った。「ほかのどの国よりも、日本では陸上競技が愛されている。ケニア以上に。でも、練習方法がイマイチなんです。もしケニアと同じ練習をすれば、世界記録はすべて日本人選手のものですよ」
~しかし、日本の練習のどこが悪いのだろう?
「若いときから練習のしすぎですよ」とケニア人選手は答えた。「ナイロビにいたときの僕の1万メートルの自己ベストは28分52秒。日本に来て3年経ったいまでも、タイムはまだ28分32秒。今日、僕は区間トップのタイムで走った。でも、二日後の水曜日に別の区間を走らなきゃいけない。また17キロも。それから次の日曜日に、大学駅伝の大きな大会が控えてるんです。
25歳までに、日本のランナーはみんな燃え尽きてしまう。子供の頃から、厳しい練習をしすぎなんです。それも、すべてアスファルトの上でね」
アスファルトで走ることは問題なのだろうか?
「大問題ですよ」と彼は答えた。「それに、日本人指導者は厳しすぎる」
周囲の日本人にこんな話ができるわけもなく、しきたりにただ従うしかないとケニア人は訴えた。
それでも、日本での練習がランナーとしての自分の将来に悪い影響を与えやしないか、彼は憂慮しているのは明らかだった。でも考えてみれば、これまで多くのケニア人やエチオピア人選手が来日して実業団で練習を積み、世界の舞台で大活躍してきたはずだ。
「そういうケニア人選手は」と彼は言う。「大きなレース前にケニアに戻って練習量を減らすんです」
アダーナン・フィン著『駅伝マン 日本を走ったイギリス人』P.126より
会話のケニア人選手は、日本に留学し実業団にも入り、北京オリンピック男子マラソンで金メダルを獲得した、故サムエル・ワンジル氏。
留学中の時の会話。
駅伝マン──日本を走ったイギリス人